第四話  その身に背負うは





「もう少し、私の話を聞いていただけますか。

  龍の社会はピラミッド型の階級制度になっていて、
  下から黒龍、青龍、紫龍そして紅龍と呼ばれます。
  瞳の色が位の高さを表しているのです。

  裏へと導かれた魂のうち、龍へと昇華できたものはまず黒龍として仕事を与えられます。

  一度裏に堕ちた魂は、誰かに殺されることでしか輪廻の環に戻る術がありません。
  龍になれず魔に成り果てたものは黒龍が。
  そして龍の場合、仕事を怠ったあるいは失敗したもの、 法規違反を犯したものは白龍が斬ります。

  白龍とはそれぞれの階級に所属する龍たちの中から選抜されたものです。
  一つ上へと昇級するためには白龍に選ばれなくてはなりません。
  つまり、黒龍から一度白龍になったものが青龍に、
  さらに紫龍になるためには再度白龍になるしかありません。

  選抜された白龍は、それまで同じ階級だった龍たちの監視任務を負うのです。


  私の属する紅龍は、表で魂を回収し裏へと導くことが主な仕事です。

  先ほどお話したように、紅というは一番上の階級になります。
  主様に殺されなかった紅龍は裏に戻り新たな仕事を与えられ、
  そしてまた主様に殺されるのを待ちます。
  殺してもらえるまでそれは繰り返される。

  主様に殺されることだけが紅龍にとって唯一の赦しであり最後の願いなのです。

  輪廻の環に戻るための・・・」


「そんな・・・。せっかく一番上まで昇りつめたのに、結局は殺されるのかよ。
  それじゃ、早いうちに黒龍や白龍に斬られる方がまだましじゃないか!」

「それは違います。
  魔に堕ちたものや同胞に斬られた龍は、輪廻の環に戻って来世を迎えることができても、
  重いペナルティーを課されると言われています」

「・・・そう。今度は俺の話を聞いてくれる?」
「はい」


「俺は小学2年のときに両親が死んでから、
  何事も柔軟に受け止めて周りの流れにうまく乗ってさ、
  物分りのいい人間になるよう努めてきたわけ。

  そうすれば誰も傷つかないでしょ。自分も含めてね。

  だから、暁さんとの契約のことも諾々と了承しちゃったけど、
  本人を目の前にして言うことじゃないんだけどさ、
  それって暁さんのことを信用したわけでもないし、
  魂とか輪廻転生とかっていうさっきの話も、完全に理解したわけでもないんだよ。

  ただ、受け入れたっていうふりをしているだけ。

  だけど、殺すっていうのはねぇ。いくら俺でも躊躇しちゃうよ。
  少し考えさせて」


そう言って、少年は無邪気に笑った。

その笑顔に微塵の翳りもないのが、逆に痛々しかった。
まだ16歳の子供が、こんな諦めにも似た人生観にたどり着くまでには、さぞ苦労したことだろう。
だが、それでも尚、瞳の輝きは失われず生命力に溢れている。

しなやかな芯の強さを感じるとともに、さりげなく相手を気遣う包容力も備えている。

俺の主(ぬし)様にはもったいないくらいだな。
傍に居て見守ってやりたい。
穢れた身である龍がこんなことを考えるなんて、まったくもって笑止千万だが。






人は生きていかなくてはならない。

その身を駆け抜ける激情に声をあげて泣きじゃくっても、
振り下ろされる刃にも似た絶望に眠ることさえできなくても。

夜空に凛と煌めく星にどれほど焦がれても、白く嘲笑う月を睨んでも、
自分からは決して逃げることができない。

そんなことは誰より自分が一番よくわかっているはずなのに、
幾度も過去を振り返っては後悔と不安に押しつぶされて、明日に光を見出せない。
身動きがとれない。


(そんな夜を過ごしている人は、この世には五万といるんだ。
  辛い想いをしているのはお前だけじゃない。)


そんな言葉をもらっても、何の救いにもなりゃしない。
俺の涙も嗚咽も体の震えも、全部全部俺だけのものだ。
他の誰かと比べることに一体何の意味がある?

優しさのなんと曖昧で残酷なことか。
理解とは救いから最も遠いものであることをお前は知らないだろう。
蘇芳(すおう)・・・





「暁さん、俺そろそろ学校行く時間だから。
  話の続きは夜にしよう。

  出かけるときは戸締りよろしく。
  鍵はスペアのやつ使ってね、玄関に置いとくから。

  一応高校までの行き方と俺の携帯番号書いといたから、何かあったら連絡ちょうだい。
  そんじゃ、行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」

「・・・」
靴を履く動作の途中で動きを止めて、少年はこちらをじっと見上げてくる。
大きく目を瞠って、驚きと困惑が綯い交ぜになったような表情をしている。

「・・・どうしました?」

「いや、誰かに行ってらっしゃいって言ってもらえたの、随分久しぶりだからさ。
  やっぱ嬉しいね。ありがとう」
「いえ、あの・・・気をつけて」
「うん、行ってきます!」



「嬉しい」「ありがとう」が胸に響いてじわりと熱くなる。

言葉とは不思議なものだ。
自分の頭の中にあるときはモノクロなのに、相手に放たれた瞬間、
鮮やかな色彩を帯び温度や匂いさえも感じられる。



「・・・こちらこそ、ありがとう」






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