第参話  邂逅





気がつくと、蒼い空も白銀に輝く月も跡形もなく消えていて、
まぶたの裏にわずかに残像が残るだけ。

外はまだ暗い夜空が広がっていて、当然のことながら家の中も真っ暗だ。
ただ、目の前には見知らぬ・・・人か?



「お初にお目にかかります。私は紅の龍、暁と申します。
  こんな朝早くからたいへん失礼致しました。
  この度は貴重なお時間を割いていただいて、深く御礼申し上げます。
  では早速ですが、本題に入らせていただきたく・・・」

血の色をした瞳以外はごく普通の人間に見えるけど、慇懃無礼な態度は甚だ怪しい。

というか、ここマンションの三階なんですけど?
ベランダからお宅訪問ってどういうこと?
壁を登ったのか!?いやいや、ありえねぇ。

あと、笑顔がおもいっきし営業スマイルなんですけど。

「あの、ちょ、ちょっと待ってください」
「・・・は?」
「いろいろツッコミたいことはありますけど、とりあえず中に入ってもらえます?
  ガラス越しに話していても仕方がないし、
  第一、俺パジャマのままで寒くて凍死しそうなんで」
「・・・なるほど」



居間のこたつには、籠に入った蜜柑と熱いお茶が湯気を立てている湯のみが二つ。

「それでご用件は?」
「その前に、改めまして暁と申します」
「あぁ、どうも。えっと、惣万侑です。16歳になりました、ついさっき」
「それはおめでとうございます。16歳というと、高校生ですか?」
「はい、高校1年です。春休みが終われば2年になります。」

「部活は何を?」
「陸上部です。走るのが好きで、長距離やってます」
「長距離ですか・・・健康的ですね」
「健康的って・・・。無理して話合わせなくていいですって。
  暁さん、見かけに依らず天然なんだ」
「・・・」
「え、もしかして、禁句だった?天然って言うの・・・」

営業スマイルなのに米神に青筋立ってるよ。
この人を怒らせてはいかん。触らぬ神に何とやらだ。

「嘘です、冗談です!前言撤回しますからっ!!」


「え〜、コホン。そろそろ本題に入りましょう。
  ここに署名と血判をお願いします」
「何かの契約書ですか?」
「はい」
「クーリングオフできます?」
「はい」
「え、できるの!?」
「えぇ、できますよ」
「・・・へぇ、じゃあいっか」
「よろしいのですか!?」
「よくないんですか?」
「・・・いえ、お願いします」

「暁さん」
「はい」
「それって本名?苗字?それとも名前?」
「本名です。苗字はありません」
「好きな食べ物は?」
「久しく摂食行動はしておりませんので、わかりません」
「食べられないの?」
「いえ、食べても無意味なので」
「そう。じゃ悪いけど、俺朝ごはん食べるね。食べながら話聞くから」



「まずは魂と輪廻転生の話からいたしましょう。

      ・・・・・・

  というわけで、私ども龍は本来裏の世界でしか存在し得ないもの。
  表で仕事をするためには、人間の主様が必要になります。

  契約によって惣万様には私の身元引受人となっていただき、
  私は表での滞在許可を頂戴できるわけです。
  就労ビザみたいなものですね」

「うん、それはいいんだけどさ、具体的に俺は何をすればいいの?」

「立ち会って見届けていただきたいのです。

  惣万様の左目を通して、私は裏に監視されています。
  任務遂行の様子と法規違反の有無を厳しくチェックされるのです。

  百聞は一見にしかずということで、
  実際に私が仕事を行う現場を見ていただければ、お分かり頂けるかと思います」

「わかりました。それで左目が痛かったわけか。

  それはそうとさぁ、暁さんしばらくの間はこっちにいるわけだし、住む所が要るよね。
  どうするの?この家使う?」

「・・・それはご迷惑ではありませんか?」
「いいや構わないよ。むしろ、これから一緒に行動するんだから、好都合でしょ。
  部屋も一つ余ってるし、俺さ家事は得意だから心配いらないよ。
  大丈夫、むしろ大歓迎」
「そうですか。ではお言葉に甘えさせていただきます」



「一つ大事なこと聞いてもいい?」
「何でしょう」
「俺と暁さんとの契約期間っていつまでなの?」


「それは・・・あなたが私を殺すまでです」
「・・・・・・へ?」
「申し訳ありません」

「・・・え〜っと、随分ヘビーな話だねぇ、まいったな」





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