第弐話  暁





「暁、お前の主(ぬし)さんがようやくお目覚めらしいで」
「あぁ」
「お前、ほんまにテンション低いやっちゃな〜。
  あかんで。これから初めて会うわけやろ。
  何事も最初が肝心や。第一印象で8割が決まるらしいで」
「お前の情報は当てにならない」
「なっ、失礼な!この真朱(まそお)様がせっかく親切にもアドバイスしてやっとんのに。
  ま、ええわ。とにかく、笑顔でな、にっこり笑って愛想ようすれば大丈夫や」
「・・・あぁ、わかった」
「おうおう、頑張りや〜!」
「・・・あとの2割は何だ?」





俺が初めて龍というものに会ったのは、
罪深き己の人生を己の手で終わらせた、その直後だった。
漆黒の空を覆いつくすほど巨大な月を背に、黒く長い髪をなびかせ、そいつは言った。


「あなたが生きてきた、このくだらない世界を表とするならば、
  私が属する哀れな世界は裏ということになるでしょうか。

  人が死ぬと、その魂の逝く先は碧く輝く月であり、
  表での記憶の消去と穢れの浄化が行われます。
  まっさらになった魂は、輪廻転生の理に従って再び表へと還ってくるのです。

  しかし、あなたがこれから逝く先は月ではありません。
  あなたの魂は輪廻の環を外れてしまわれた。
  今からあなたを、表での記憶も穢れもそのままに、
  裏の世界にお連れしなくてはなりません。

  ふふふ。
  なに、恐れることはありませんよ。

  裏には、時間もお金も、社会的地位や名誉も、血縁さえも、
  表であなたを縛ってきたものは存在しないのですから。
  煩わしい人間関係も好きでやっているわけでもない会社での仕事も、
  将来への不安からも、あなたは解放されるのです。
  天国みたいでしょう?

  なぜなら、そこにはあなたの過去しかないのですから。

  何千回、何万回と、過去を繰り返すのですよ。
  走馬灯のように一瞬で流れていくわけではありません。
  生まれた瞬間(とき)から死ぬ瞬間まで繰り返し、じっくりと、ね。

  生の輝きも喜びも、美しさも楽しさも、過去で体験したのと同じだけ。

  そして、
  同じだけ悩んで、
  同じだけ苦しんで、
  同じだけ罪深くて、
  同じだけ悔やんで、
  同じだけ悲しんで、
  同じだけ絶望して。

  そうやって、己の人生と対峙するのです。逃げることは許されません。

  いつまで?
  それは、記憶が薄れ、人格が破壊されて魔に堕ちるまで。

  もしくは、そうなる前に過去を受け入れて救いを見つけられるまで、です。

  ご自分の業の深さと良心の呵責に耐え抜いて、どうぞ龍になってください。
  私と同じ、龍にね・・・」

「・・・なんだ、閻魔大王じゃないのか。地獄はまだなんですか?」
「あなた、私の説明聞いてました?」
「素晴らしい滑舌でした」
「・・・ありがとうございます」



そして俺は龍になった。
表での記憶も穢れも、姿かたちもそのままに。

ただ、血に濡れたようなこの深緋の瞳だけが、龍である証。

表の人間と契約を結び、魂を狩る役目を負った紅の龍―――それが俺、名を暁と言う。


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