第壱話  惣万 侑





深い眠りの底から、唐突に意識が浮上する。
手探りで枕元の携帯を見つけ、暗闇に慣れた目には眩しい液晶画面を見やれば―――
時刻は午前3時24分。





まただ。
これで10日連続か・・・。

日ごとに左目の違和感は増す一方だし、これはマズイよな。
あれか?
世界で数人しか症例のない、極めて特異で重大な病に侵されてるとか?
だけど、熱はないし、体はだるくないし、食欲はあるし・・・。
って、風邪じゃあるまいし。


それよりも、毎夜きっかり3時24分に目が覚めることの方が謎だよな。
俺の誕生日と数字が同じってのは、ただの偶然じゃないんだろうなぁ。

もしかして、俺って実は火星人?
それで火星からお迎えが来る予兆とか?
いやいやどっちかって言うと、パラレルワールドとか異世界とか、
そっちの方がロマンがあるよな。


・・・いかん。思考が飛躍しすぎて現実味ゼロじゃん。


俺、一体どうなっちゃうんだろ。
不思議なのは、ちっとも怖く感じてないことだ。
自分の身に何か良からぬことが起ころうとしている予感はあるのに、
頭の片隅でそれを冷静に分析している自分がいる。

むしろ、「そのとき」が来るのを心待ちにしている。





退屈な日常から非日常へ。
今まで築いてきたもの、全部突き崩して、新しい自分が目覚める――――
「そのとき」がもう、すぐそこまで来ている。





3月24日、午前3時24分。
まだ暗い夜空に、地平線の向こうから月が昇ってくる。

太陽は未だ顔を出していないのに、世界は深い群青から鮮やかな浅葱色へと明けていく。
月は圧倒的かつ荘厳な光で白銀に輝きながらも、その姿を目にする者は誰もいない。


夜中に目が覚めた惣万 侑(そうま ゆう)は、強烈な左目の痛みに襲われていた。
たまらず部屋を這い出て階下に下りてみれば、家の中は真昼のような光で満ちている。

驚いて窓を開け外を見やれば、蒼い空に輝く月と、


血の色をした一対の瞳が己を見つめていた・・・


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